西日本地区レンタカー協会連合会

松山と文学

松山と文学

子規記念博物館

 松山と言えば、“柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺”で有名な、近代俳句の創始者「正岡子規」を思い浮かべます。また、子規の弟子である「高浜虚子」「河東碧梧桐」もいます。自由律の俳人「種田山頭火」も晩年松山に居を構えています。道後温泉本館から徒歩で約3分で子規記念博物館があり、貴重な資料が展示されています。是非見て頂きたいところです。

 子規記念博物館 道後温泉本館から約250m →

 
 松山を題材にした小説といえば、夏目漱石の「坊っちゃん」です。江戸っ子の主人公「坊っちゃん」が地方の中学教師として赴任して繰り広げるユーモアあふれる話です。

 漱石は、「温泉だけは立派だ。」「マッチ箱のような汽車」等松山のことを余りよく言っていませんが、松山の人は、暖かく受け止めて、今でも「坊っちゃん」「マドンナ」「ターナー島」(坊っちゃんが小説の中で勝手に名付けた島)と親しみを込めて言います。

 また、NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」の主人公秋山好古、真之兄弟の故郷も松山です。作者「司馬遼太郎」が正岡子規を題材にした小説を書こうと取材をする内に、子規の幼なじみである秋山兄弟の存在に興味を持って、「坂の上の雲」を書いたと言われています。市内電車の大街道電停の近くに「秋山兄弟生家」と「坂の上の雲ミュージアム」があります。日本の近代化に大きな足跡を残した秋山兄弟の息吹に触れて頂きたいものです。

秋山兄弟生家 坂の上の雲ミュージアム

 「雪の日に 北の窓開け ししすれば あまりの寒さに ちんこ縮まる」これは、秋山真之が小学校低学年のときに詠んだ短歌?だそうです。後に日露戦争の海軍参謀として「本日、天気晴朗なれども波高し」の名文を残しています。幼くして文才があったのかもしれません。

 「坂の上の雲」でも書かれていますが、正岡子規、秋山真之、夏目漱石には、深いつながりがあります。正岡子規と秋山真之は「のぼさん、じゅんさん」と呼び合った、幼なじみ。正岡子規と夏目漱石は文学を通じての親友です。「漱石」の名前も、もともと子規のペンネームのひとつでそれを夏目漱石が使ったのです。日本の近代化に大きく関わった先人に思いを馳せて松山の街を味わって頂きたいと思います。

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